FarPhys〜物理学と戯れて〜

物理学の解説をしているFarPhysのブログです!

対称性の話をしよう。

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目次

1. 様々な対称性

私たちが見ることのできるこの世界には.様々な「対称性」を持ったものが存在する.鏡に映る自分の姿は左右が反転された像だ.これは「反転対称」「鏡映」という.球は回転対称性を持つ.しかもどのように軸をとっても対称性がある.日本の伝統的な染物に見られる七宝は,ある特定の方向に特定の距離だけ動かすと元の模様に戻る.これは「並進対称」だ.

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さらに,私たちが馴染みのある数学の世界にも対称性が存在する.「対称式」はその一例で,$x^2+y^2$などのように変数を入れ替えても式が変わらないものを言う.さらにこの対称式には面白い性質があり,基本対称式と呼ばれる低い次数の対称式を用いて表すことができるのだ.この話は本筋から外れるのでこの程度にしておくが,対称性を数学的に見ると幾つか面白い性質が現れることが期待できる.

それでは物理の話に移ろう.

2. 古典力学の対称性〜ネーターの定理〜

ここでは力学を記述する方法として「ラグランジュ形式」を用いる.高校物理まではニュートン運動方程式$F=ma$に基づく「ニュートン形式」を用いて物理を表現してきた.しかしこの方法は座標の取り方に大きくよるため,一般性が低い.そこで座標に依存しない運動エネルギー$K$とポテンシャル$V$から定義されるラグランジアン$L=K-V$で物理を表現するのがラグランジュ形式である.ラグランジュ形式での運動方程式
$$\frac{d}{dt}\frac{\partial L}{\partial \dot{q}}-\frac{\partial L}{\partial q}=0$$
という「オイラーラグランジュ方程式」である.なお,ラグランジアンは「一般化座標$q$」とその時間微分$\dot{q}$及び時間の関数である.

ネーターの定理とは,無限小変換に対して系が不変量である時,その無限小変換に対応する「保存量」が存在するという定理である.具体的には,時間と一般化座標の無限小変換$$\begin{align} t\to t+\delta t\,,q^i\to q^i+\delta q^i\end{align}$$について,無限小変換がパラメータ$\epsilon$と用いて$$\delta t=\epsilon T\,, \delta q^i =\epsilon Q^i$$と書かれる時,$X$という物理量$$X=\left(\frac{\partial L}{\partial \dot{q}^i}\dot{q}^i-L\right)T-\frac{\partial L}{\partial \dot{q}^i}Q^i$$が存在して,これが保存量$$\frac{dX}{dt}=0$$になる.

これを自由粒子に対して考えよう.自由粒子ではポテンシャル$V=0$であるから,ラグランジアンは粒子の質量を$m\,$ として
$$L=\sum_{i=1,2,3}\frac{1}{2}m{\dot{q}^i}^2$$
で書ける.このラグランジアンに,「並進対称性」を要求しよう.すなわち,ベクトル$\mathbf{n}=(n^1,n^2,n^3)$方向への無限小の並進変換
$$q^i\to q^i+\epsilon n^i$$
に対してラグランジアンが不変であるということである.これを先程の式に代入して$X$を求めると,
$$X=\sum_{i=1,2,3}-m\dot{q}^in^i$$
である.ただし$\mathbf{n}$は任意に選んで良いので,結局のところ$m\dot{q}$すなわち「運動量が保存量」となることがわかる.

次に,ラグランジアンが時間発展しても変化しないことを要請しよう.これは「時間発展対称性」という.無限小変換は
$$t\to t+\epsilon T$$
であり,$X$は

$$X=\sum_{i=1,2,3}\left(m{\dot{q}^i}^2-\frac{1}{2}m{\dot{q}^i}^2\right)T =T\sum_{i=1,2,3}\frac{1}{2}m{\dot{q}^i}^2$$

このように,系にある対称性を要請するとそれに対応する何らかの物理量が保存量になることがわかる.しかし,対称性と保存量の関係はまだ顕ではない.この話は「4. 量子力学の対称性」で詳しく見ることにしよう.

3. マクスウェル方程式の対称性と因果律

マクスウェル方程式は,電磁気学の根幹をなす方程式で,以下の4つの式からなる. $$\begin{align} &\nabla\cdot \mathbf{E}=\frac{\rho}{\varepsilon_0}\\&\nabla\cdot \mathbf{B}=0\\ &\nabla\times \mathbf{E}+\frac{\partial\mathbf{B}}{\partial t}=0 \\ &\nabla\times \mathbf{B}=\mu_0\mathbf{j}+\mu_0\varepsilon_0\frac{\partial\mathbf{E}}{\partial t} \end{align}$$ さらに電荷保存則(連続の方程式)$$\frac{\partial\rho}{\partial t}+\nabla\cdot\mathbf{j}=0$$という式も成り立つ.

さて,電流$\mathbf{j}$というのは荷電粒子の流れ($\mathbf{j}=e\mathbf{v}$)であるから,「時間反転」をすると逆向きになることがわかる.そして電場$\mathbf{E}$は電荷が存在することによって生まれるから,時間反転に対して対称であるだろう.一方で磁場は電流から造られるので,時間反転に対して反対称(逆向きになる)だと考えられる.これらのことをまとめてみると
$$\begin{cases} \mathbf{j}\to \mathbf{j'}=-\mathbf{j}\\ \mathbf{E}\to \mathbf{E'}=\mathbf{E}\\ \mathbf{B}\to \mathbf{B'}=-\mathbf{B}\end{cases}$$だ.これを元にマクスウェル方程式を時間反転させてみよう.もちろん$t\to -t$と変換されるから,結局のところ元の形を保つ.マクスウェル方程式は時間反転対称なのである.

マクスウェル方程式が時間反転対称性を持つことを如実に示しているのが「先進・遅延ポテンシャル」の存在である.マクスウェル方程式から電場と磁場を求めようと思っても(実際に求めるのは「電磁ポテンシャル」),いくつか自由度が残っている.そこで新たに拘束条件を加えてマクスウェル方程式を解く.ローレンツ・ゲージと呼ばれる条件を与えるときに得られるのが「先進・遅延ポテンシャル」であり,
$$\begin{align} A(\mathbf{x},t) &= \frac{\mu_0}{4\pi}\int \frac{\mathbf{j}(\mathbf{s},t\pm|\mathbf{x-s}|/c)}{|\mathbf{x-s}|}\cdot d\mathbf{s}\\ \varphi(\mathbf{x},t)&=\frac{\mu_0}{4\pi}\int \frac{\rho(\mathbf{s},t\pm|\mathbf{x-s}|/c)}{|\mathbf{x-s}|}d\mathbf{s}\end{align}$$という式でかける.ここで注目すべきは被積分関数内の$\mathbf{j},\rho$の時間依存である.$$t\pm\frac{|\mathbf{x-s}|}{c}$$という形になっているのだ.これは,座標$\mathbf{x}$,時刻$t$でのポテンシャルが,座標$\mathbf{s}$,時刻$t\pm|\mathbf{x-s}|/c$の電流・電荷分布に影響を受けていることを意味している.複号の$-$については,距離$|\mathbf{x-s}|$だけ隔たった場所の昔の情報が今に影響している,と解釈できる.これが「遅延ポテンシャル」というものだ.一方で複号の$+$,「先進ポテンシャル」についての解釈は厄介だ.距離$|\mathbf{x-s}|$だけ隔たった場所の今後の情報が今に影響している,という解釈になるからである.今の物理状態が未来の物理状態に影響を受けるということはありえないだろう.

先進ポテンシャルはこのような物理的に納得できない解釈を生むので「あり得ない」という理由で棄却される.しかし,そのような事態に陥るのはそもそもマクスウェル方程式が時間反転対称性を持ち,時間が逆行しても問題ない形をしているからである.

電磁気学の基本方程式は,「Aが起こったからBが起きた」というような因果律を含まない,美しい対称性を持つが少々厄介な方程式なのである.

4. 量子力学の対称性

量子力学を記述するのはシュレディンガー方程式であるが,そのベースには古典力学の「ハミルトン形式」がある.ラグランジュ形式でのラグランジアンのように,ハミルトン形式には物理を表す量としてハミルトニアンがある.それはラグランジアンの「ルジャンドル変換」で与えられる.
$$
H=\sum_{i}p_i\dot{q}^i-L=\frac{1}{2m}p^2+V
$$
量子力学でのハミルトニアンは,運動量演算子$\hat{p}$とポテンシャル$V$に対して
$$
H=\frac{1}{2m}\hat{p}^2+V
$$
で書ける.古典力学ハミルトニアンと形が同じなのである.

さて,量子力学において連続パラメータ$\theta$で指定されるような変換(回転や並進)は,それに対応する「生成元」と呼ばれる演算子$\hat{G}$に対して
$$\exp\left(-\frac{i}{\hbar}\theta\hat{G}\right)$$で与えられることが知られている.これを波動関数に演算させることによって,変換された波動関数が得られるというわけだ.では,波動関数がこの演算(変換)に対して不変であるとはどういうことだろうか.波動関数を$\psi$と書くことにすると,これは(時間に依存しない)シュレディンガー方程式$$H\psi=E\psi$$を満たしている.ここでの$E$はエネルギー固有値で,$\psi$は固有関数になっている.この$\psi$に対して変換を行うと$$\exp\left(-\frac{i}{\hbar}\theta\hat{G}\right)\psi=e^{i\delta}\psi$$となる.ここで$e^{i\delta}$は波動関数の位相である.物理的に意味を持つのは$|\psi|^2$という「確率密度」であるから,ここでは位相の違いは特に意味を持たない.なので$e^{i\delta}=1$として議論を進めよう.
この式に左から$H$を演算させると,$$H\exp\left(-\frac{i}{\hbar}\theta\hat{G}\right)\psi=H\psi=E\psi$$となる.このことから,$$\begin{align} H\exp\left(-\frac{i}{\hbar}\theta\hat{G}\right)\psi=\exp\left(-\frac{i}{\hbar}\theta\hat{G}\right)H\psi\\ \therefore H\exp\left(-\frac{i}{\hbar}\theta\hat{G}\right)=\exp\left(-\frac{i}{\hbar}\theta\hat{G}\right)H\end{align}$$であることがわかる.交換関係の記号を用いるなら$$\left[H,\exp\left(-\frac{i}{\hbar}\theta\hat{G}\right)\right]=0$$である.ここで,$\exp$が冪級数で展開できることを思い出すと,この交換関係は$$[H,\hat{G}]=0$$に帰着する.つまり,ハミルトニアンと交換可能(可換)な演算子を生成元とする連続的な変換では,波動関数は不変なのである.さらに,ハイゼンベルグ方程式と呼ばれる方程式$$i\hbar\frac{\partial \hat{A}}{\partial t}=[H,\hat{A}]$$から,ハミルトニアンと可換な演算子(に対応する物理量)は保存量なのである.要は系を不変に保つ変換の生成元が保存量であるということだ.

並進対称演算子の生成元は運動量演算子である.また,時間発展演算子の生成元はハミルトニアン(エネルギーの演算子)である.このようなことは,「2. 古典力学の対称性〜ネーターの定理〜」の最後に確認した事実と一致していることがわかるだろう.

5. 対称性の破れ

量子力学は物理の終着点ではない.その一歩先に「場の理論」というものが存在する.これは量子力学を相対論的に扱った先に登場する物理の記述である.

そこで重要となる対称性が,チャージ対称性(C対称性),パリティ対称性(空間反転対称性,P対称性),時間反転対称性(T対称性)とその組み合わせである.

1950年代までに,C対称性とP対称性はそれぞれ破れていることが指摘されていた.その一方でCP対称性は破れていないのではないかと思われていた.しかし1964年に,K中間子の崩壊の観測からCP対称性も僅かに破れていることが明らかになる.そしてこのCP対称性の破れを理論的に説明するには,クオークに3つの世代が必要であることが小林・益川によって指摘された.1973年のことである.

1995年までに未発見だった3つのクオーク(チャーム・ボトム・トップ)が見つかり,2008年には小林・益川両氏にノーベル賞が授与された.

現在ではT変換を含めたCPT対称性が成り立っているのではないかと考えられている.もしCPT対称性すら破れていると,特殊相対性理論の礎となっている「ローレンツ対称性」も自動的に破れることになると指摘されている.

物理には様々な「対称性」が存在し,それらが相互に絡み合っている.物理現象を統一的に説明する「究極の理論」があるのならば,そこには美しい対称性があってほしいと思うのが物理学者だろう.

今まさに「究極の理論」の探索が,理論・実験の両方で行われている.この世界はどのような対称性を持っているのだろうか.そこに広がる理論はどのようなものなのだろうか.明らかになるのが待ち遠しい.(終)