量子力学の「良い基底」
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量子力学では波動関数\(\psi\)を\(n,l,m\)でラベルして\(\psi_{nlm}\)と書いたり、bra-ket記法を用いて\(|n,l,m\rangle\)と書いたりします。bra-ket記法では波動関数をベクトルとして、演算子を行列として扱います。では、そのベクトルの基底はどのように選ぶのが良いのでしょうか?
線形代数学的に考えてみる
時間に依存しないSchrödinger方程式は次のようにかけるのでした。
$$\hat{H}\psi =E\psi$$
\(\hat{H}\)はハミルトニアンで、\(E\)は固有エネルギーです。これをbra-ket記法で書くと次のようになります。
$$\hat{H}|\psi\rangle = E|\psi\rangle$$
\(\psi\) が\(|\psi\rangle \)に変わっただけですね。では、これを線形代数学の眼で見てみましょう。
\(\hat{H}\)は行列で、\(|\psi\rangle\)はベクトル、\(E\)はスカラーですので、Schrödinger方程式は固有値方程式であることがわかります。固有値方程式については最後に載せておきますね。
Schrödinger方程式に限らず物理量に関する固有値方程式を扱う時、考える行列が対角化されていると議論が簡単になります。行列は固有値を対角成分に並べたもの、状態ベクトルは固有ベクトルを縦に並べたものに過ぎないからです。
逆にいうと、考えたい演算子に対応する行列を対角化するようなベクトルが「良いベクトル」になるのです。
例1)1次元調和振動子
一次元調和振動子のポテンシャルは
$$V(x)=\frac{1}{2}m\omega^2x^2$$
ですので、ハミルトニアンは次のようになります。
$$H=\frac{1}{2m}\vec{p}^2+\frac{1}{2}m\omega^2x^2$$
1次元調和振動子のSchrödinger方程式を解いたことのある人はすでにご存知でしょうが、固有値は
$$E=\left(n+\frac{1}{2}\right)\hbar\omega\ ,n=0,1,2,...$$
です。また固有状態とエネルギーは一対一の関係があります(縮退がない)から、状態は\(n\)でラベルするのが良いでしょう。波動関数\(\psi\)を\(\psi_n\)とかく理由です。
では、\(\psi_n\)を状態ベクトルの基底とする時ハミルトニアンは本当に対角化されているでしょうか?
\(m\)でラベルされる状態\(|m\rangle\)とエネルギー\(E_m\)について固有値方程式を書くと
$$H|m\rangle=E_m|m\rangle$$
です。これを\(m=0\sim n\)について縦に並べてみましょう。
$$H=\left(\begin{matrix}E_1 & 0 & 0 & \cdots & 0\\ 0 & E_2 & 0 & \cdots & 0\\ 0 & 0 & E_3 & \cdots & 0\\ \vdots & \vdots & \vdots & \ddots & \cdots \\ 0 & 0 & 0 & \cdots & E_n \end{matrix}\right)$$
このことから\(n\)でラベルされる基底は良い基底になっていますね。
例2) 水素の電子の\(\vec{p}^4\)
このようなことは普通考えないでしょうが、今回は一例として水素原子核の周りを回っている電子の\(\vec{p}^4\)の期待値について考えます。この例はマサチューセッツ工科大学で2018年に開講された"Quantum Physics III"の講義で出てきた話題です。
答えを先に言うと、波動関数を\(n,l,m\)でラベルするのが良い基底となります(\(n\):主量子数 \(l\):軌道角運動量量子数 \(m\):磁気量子数)。
例1では演算子(ハミルトニアン)が対角化されているか?という視点で良い基底かどうかを考えたのですが、今回は「演算子(\(\vec{p}^4\))とラベルに対応する物理量の演算子(\(\vec{L}^2\,,\hat{L_z}\))が同時対角化可能か」ということを考えます。
演算子が同時対角化可能である条件とは、演算子が可換であるということでした。なので今回の例では
$$[\vec{p}^4,\vec{L}^2]=0$$
$$[\vec{p}^4,L_z]=0$$
が成り立っていれば良いということです。
これは成り立っていますよね?成り立っています。角運動量演算子の定義を思い出せばすぐにわかるので説明は割愛させてください。
このことから分かるのは、演算子\(X\)を考えるときは\(X\)に可換な演算子\(A\)
$$[X,A]=0$$
の固有値\(a\)でラベルされる固有状態を考えると良い、ということです。ラベルは1つとは限りませんが、このようなラベルを選ぶことで演算子\(X\)を対角化させて考えることができます。(終 以降は固有値方程式の復習です)
復習-固有値方程式って?-
固有値方程式とは、n次元正方行列\(A\)と\(n\)次縦ベクトル\(\vec{u}\)、スカラー\(a\)に対しての
$$A\vec{u} =a\vec{u}$$
という方程式のことです。これを満たすようなスカラー\(a\)を「行列\(A\)の固有値」といい、\(\vec{u}\)を「行列\(A\)の固有値\(a\)に対する固有ベクトル」といいます。
固有値は一般に複数個あり、その最大の個数は\(n\)個です。ここでは固有値を\(\{a_1,a_2,...,a_n\}\)としておきましょう。
この時、元の行列\(A\)はある\(n\)次正方行列\(T\)を用いて
$$T^{-1}AT=\mathrm{diag}\{a_1,a_2,...,a_n\}$$
と変形することができます。右辺は固有値が対角成分に並んだ行列です。
では対角化された行列についての固有値方程式を考えてみましょう。ベクトルを\(\vec{u'}\)とすると
$$T^{-1}AT\vec{u}'=a'\vec{u}'$$
となるはずです。これを変形すると
$$A(T\vec{u}')=a'(T\vec{u}')$$
になります。\(T\vec{u}'\)は\(n\)次の縦ベクトルですね。これを対角化する前の固有値方程式と比べてみると、固有ベクトルについて
$$T\vec{u}'=\vec{u}$$
という関係が現れます。このようにすると、固有値方程式において「行列を対角化して考える」ことができるようになります。対角化された行列は、固有値がすでに対角成分として現れているという、とても大きなメリットを持っています。