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角運動量の加算

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今回は角運動量の加算について考えていきます。
角運動量演算子には、古典力学での角運動量に対応する「軌道角運動量演算子」と、内部自由度に対応する「スピン角運動量演算子」の二つが存在します。どちらも同じ角運動量であり、この二つを足したものが「全角運動量演算子」と呼ばれるものです。
この「角運動量を足す」ということについて、状態の掛け算という観点から考えていきましょう。

 

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軌道角運動量とスピン角運動量の合成

まずは手始めに全角運動量演算子を直積を用いて表します。軌道角運動量演算子とスピン角運動量演算子はそれぞれ\(\hat{L}\,,\hat{S}\)と書きます。そしてそれらを合成した全角運動量演算子は$$\hat{J}=\hat{L}+\hat{S}$$と書きます。
これを直積の意味をあらわに書くと$$\hat{J}=\hat{L}\otimes{\textbf 1} +{\textbf 1}\otimes \hat{S}$$となるでしょう。

2電子系のスピンの合成

同じようにスピン1/2を持つ粒子・電子の状態を合成します。電子1,2に対するスピン角運動量演算子を\(\hat{S}_i\)とかくと、2粒子系に対するスピン角運動量演算子は$$\hat{S}_\mathrm{tot.}=\hat{S}_1\otimes {\textbf 1}+{\textbf 1}\otimes \hat{S}_2$$となります。ただし直積記号の左側が電子1に、右側が電子2に作用する演算子です。
ここで、それぞれの電子に対する角運動量はLie代数を満たしています:

$$\begin{align} [\hat{S}_{1j},\hat{S}_{1j}] &=i\hbar\epsilon_{ijk}\hat{S}_{1k}\\ [\hat{S}_{2i},\hat{S}_{2j}]& =i\hbar\epsilon_{ijk}\hat{S}_{2k}\\ [\hat{S}_{1i},\hat{S}_{2j}] &=0 \end{align}$$

すなわち、同じ電子についてはよく知った交換関係を満たしており、違う電子については演算子が交換するということです。

さて、角運動量とその固有状態には次のような関係がありました。

$$\begin{align} \hat{\vec{J}}|j,m\rangle & = \hbar^2j(j+1)|j,m\rangle\\ \hat{J}_z|j,m\rangle & = m \hbar |j,m\rangle \end{align}$$

この関係はスピン角運動量でももちろん成り立つものですが、合成した後の演算子\(\hat{S}_\mathrm{tot.}\)については成り立つのでしょうか?

まずは簡単な\(\hat{S}_z=\hat{S}_{1z}+\hat{S}_{2z}\)から。

$$\begin{align} \hat{S}_z|s_1,m_1;s_2,m_2\rangle & = (\hat{S}_{1z}\otimes{\textbf 1}+{\textbf 1}\otimes\hat{S}_{2z})|s_1,m_1\rangle\otimes|s_2,m_2\rangle\\ & = m_1\hbar|s_1,m_1\rangle\otimes |s_2,m_2\rangle+m_2\hbar|s_1,m_1\rangle\otimes|s_2,m_2\rangle\\ & = (m_1+m_2)\hbar|s_1,m_1;s_2,m_2\rangle \end{align}$$

\(\hat{S}_z\)については成り立っていることがわかりました。次に\(\hat{\vec{S}}\)についてみてみましょう。

$$\begin{align} \hat{\vec{S}}^2|s_1,m_1;s_2,m_2\rangle & = (\hat{\vec S}_1+\hat{\vec S}_2)^2|s_1,m_1\rangle\otimes|s_2,m_2\rangle\\ & = (\hat{\vec S}_1^2+2\hat{\vec S}_1\hat{\vec S}_2+\hat{\vec S}_2^2)|s_1,m_1\rangle\otimes|s_2,m_2\rangle\\ & = \left[\hbar^2\left(s_1(s_1+1)+s_2(s_2+1)\right)+2\hat{\vec S}_1\hat{\vec S}_2\right]|s_1,m_1\rangle\otimes|s_2,m_2\rangle\end{align}$$

どうやら\(\hat{\vec S}_1\hat{\vec S}_2\)を計算する必要がありそうです。

$$\begin{align}\hat{\vec S}_1\hat{\vec S}_2 & = \hat{S}_{1x}\hat{S}_{2x}+\hat{S}_{1y}\hat{S}_{2y}+\hat{S}_{1z}\hat{S}_{2z}\\ & = \frac{1}{2}(\hat{S}_{1+}\hat{S}_{2-}+\hat{S}_{1-}\hat{S}_{2+})+\hat{S}_{1z}\hat{S}_{2z}\end{align}$$

したがって、\(\hat{\vec S}_1\hat{\vec S}_2|s_1,m_1;s_2,m_2\rangle\)を計算すると $$\begin{align} & \hat{\vec S}_1\hat{\vec S}_2|s_1,m_1;s_2,m_2\rangle = \left[\frac{\hat{S}_{1+}\hat{S}_{2-}+\hat{S}_{1-}\hat{S}_{2+}}{2}+\hat{S}_{1z}\hat{S}_{2z}\right]|s_1,m_1;s_2,m_2\rangle\\ & = \frac{\hbar^2}{2}\sqrt{(s_1-m_1)(s_1+m_1+1)(s_2+m_2)(s_2-m_2+1)}|s_1,m_1+\hbar;s_2,m_2-\hbar\rangle\\ &+ \frac{\hbar^2}{2}\sqrt{(s_1+m_1)(s_1-m_1+1)(s_2-m_2)(s_2+m_2+1)}|s_1,m_1-\hbar;s_2,m_2\hbar\rangle\\ &+\hbar^2m_1m_2|s_1,m_1;s_2,m_2\rangle \end{align}$$

となって、固有値方程式を満たしていないことがわかります。期待していた形にはなりませんでしたが、合成した状態が合成した演算子の二乗の固有状態にはならないという、興味深い結果を得ることができました。
これに関する考察は一旦置いておき、\(|\pm\rangle_i\)の直積で生まれる状態

$$|++\rangle,|+-\rangle,|-+\rangle,|--\rangle$$

について考えていきましょう。

ベクトル空間の直積を直和に直す(直積で得た空間を「空間の足し算」にする)知識があれば、スピン1/2空間\(V_{1/2}\)の直積は

$$V_{1/2}\otimes V_{1/2}=V_{1}\oplus V_{0}$$

とかけることがわかります。これはスピン1/2の粒子2つからなる系は、スピン1の系と0の系の和である、ということを意味しています。
まずはスピン1の状態で最も\(m\)の値が大きいもの、すなわち\((s,m)=(1,1)\)を考えましょう。するとこれに該当するのは$$|++\rangle$$であることがわかります。実際に\(\hat{S}_z\)を作用させるとそれがわかるでしょう。
\(s=1\)でそれ以外の\(m\)の状態を得るには、昇降演算子を用いて状態を上げ下げすれば良いでしょう。\(|++\rangle\)についてそれを行うと

$$\begin{align}&\hat{S}_-|++\rangle = |-+\rangle+|+-\rangle\\ &\hat{S}_-(|-+\rangle+|+-\rangle)= |--\rangle\end{align}$$

という式が得られます。ただし規格化することで

$$\begin{align}|s=1,m=1\rangle & = |++\rangle\\ |s=1,m=0\rangle & = \frac{1}{\sqrt{2}}(|-+\rangle+|+-\rangle)\\ |s=1,m=-1\rangle & = |--\rangle\end{align}$$

と書くことができます。これで求めたい状態のうち3つがわかりました。
残る最後は\(V_0\)の状態です。これは他の状態(基底)と垂直になるように構成すればよく、

$$|s=0,m=0\rangle =\frac{1}{\sqrt{2}}(|+-\rangle-|-+\rangle)$$

となります。これで2つの電子がある系の状態を表す基底を書くことができました。

 

複合系の状態を求めたい場合はそれらの直積を用いることで表現できます。ただし直積の状態が、元の系で満たしていた固有値方程式に対応するとは限りません。なので、新しい状態の規程を求める必要があります。
複合系の規定を求める際には、今回のように「最も(角運動量固有値が)高い状態」からスタートして、昇降演算子で状態を「下げていく」という方法が常套手段となります。(終)