光の波動性と粒子性の話
今回は「光の波動性と粒子性」についての話をします。1920年から1930年にかけて、光には波動性だけではなく粒子性も持っていることが実験・理論両面から確認されたのでした。参考記事はこちら。
Planckの量子仮説の前からあった「Rayleigh-Jeansの法則」「Wienの法則」を俯瞰し、光の波動性と粒子性がどのような場合にどちらが顕著に現れるのかを確認します。
1. Rayleigh-Jeansの輻射法則〜波動的視点〜
Rayleigh-Jeansの輻射法則は、光が波(電磁波)であるという視点から構成されています。具体的には、輻射場の自由度が電磁波の自由度に相当するため、ベクトルポテンシャル\(\vec{A}\)を考えるところから始まります(別の記事で詳しく書きます)。
計算を進めていくと、エネルギー密度(単位体積毎)は$$\rho(\omega ,T)=\frac{k_BT\omega^2}{\pi^2c^3}$$となります。なお、\(k_B\)はBoltzmann定数、\(T\)は温度、\(\omega \)は光の角振動数、\(c\)は光速です。
Rayleigh-Jeansの輻射法則におけるエネルギー密度を\(\rho_{R.J.}\)と書いておきましょう。すると、振動数が\(\omega \sim \omega +d\omega \)の間にあるような光子の個数は$$dN_{R.J.}=\frac{\rho_{R.J.}(\omega,T)}{\hbar \omega}d\omega=\frac{k_BT\omega}{\pi^2c^3\hbar}\omega d\omega $$となります。分母が\(\hbar \omega\)なのは、角振動数\(\omega \)の光子のエネルギーが\(\hbar \omega\)だからです。
Rayleigh-Jeansの輻射法則は光を波として扱ったので、最後に「光子の個数」が出てきたことに違和感を覚える方もいるでしょう。ですがWienの輻射法則と比較するためなので、我慢してください。
2. Planckの輻射法則とWienの輻射法則〜粒子的視点〜
ここからはPlanckの輻射法則を経由してWienの輻射法則を得たのち、Wienの輻射法則における光子の個数を求めます。
さてPlanckの輻射法則によれば、エネルギー密度は$$\rho_{Planck}(\omega,T)=\frac{\hbar \omega ^3}{\pi^3c^2}\frac{1}{\exp(\hbar \omega /k_B T)-1}$$と表されます。ここで\(\hbar \omega \gg k_BT\)という低温条件に対して成り立つのがWienの輻射法則で、$$\rho_{Wien}(\omega ,T)=\frac{\hbar \omega ^3}{\pi^2c^3}\exp(-\hbar \omega /k_BT)$$という表式になります。1と同様に振動数\(\omega \sim \omega +d\omega \)の範囲にある光子の個数を求めると$$dN_{Wien}=\frac{\rho_{Wien}(\omega,T)}{\hbar \omega}d\omega =\frac{\omega ^2}{\pi^2c^3}\exp(-\hbar \omega/k_BT)$$
となります。
3. Rayliegh-Jeans則とWien則の比較
では、すでに求めたRayliegh-Jeansの輻射法則とWienの輻射法則における振動数\(\omega \sim \omega +d\omega \)の光子数を比較してみましょう。
$$\frac{dN_{Wien}}{dN_{R.J.}}=\frac{\exp(-\hbar \omega /k_BT)\hbar \omega }{k_BT}$$
つまり温度が低いとRayliegh-Jeans則が、温度が高いとWien則が支配的になるということを意味しています。これをエネルギーと光の波動性・粒子性に置き換えると次のようになります。
- 低エネルギーでは波動性が強くみられる
- 高エネルギーでは粒子性が強くみられる
Rayliegh-Jeans則は不十分な理論ではありますが、このように光の粒子性・波動性のどちらが強く現れるかということを、エネルギーの視点から教えてくれます。
縦軸:\(\frac{dN_{Wien}}{dN_{R.J.}}\) 横軸:\(\hbar \omega /k_BT\)
(終)
古典力学の破綻と量子力学
量子力学は現代物理学の根幹となっている重要な分野です。ですが、量子力学が発展したのは1900年代以降。今回は量子力学は必要とされた理由、古典力学の破綻を見ていきます。
1. 電磁波の粒子性
古典力学において電磁波は波動として扱われてきました。1864年にMaxwellによって見出され、1884年にO.Hevisideによって整理されたMaxwellの方程式でも、電磁波は波動方程式によって記述されています。しかし1900年代に入ると、電磁波が粒子的な性質を持つことが確認されるようになりました。
1.1 黒体輻射におけるPlanckの量子仮説
黒体とは周囲からやってくる電磁波をすべて吸収し、熱を外部に放出することのできる仮想的な物体のことを言います。電磁波=光を反射しないため黒く見えることから「黒体(Black Body)」と呼ばれています。黒体輻射は黒体から電磁波が放出される現象を言います。
この黒体輻射のスペクトルを論理的に説明しようとしたのがPlanckでした。それ以前にもRayleigh-Jeansの法則やWienの法則など輻射の理論は存在していましたが、実験データと合致しないという致命的な問題がありました。
Planckは、エネルギーは振動数に比例するエネルギー量$$E=h\nu$$の整数倍の値のみを取る、というプランクの量子仮説を導入し、黒体輻射のモデルを提唱しました(1900)。
ここで重要なのは、光のエネルギーが量子化されたことです。これは光が連続的なエネルギーを持つ電磁波とは真逆の性質を示していることを示唆していました。
1.2 光電効果によるEinsteinの光量子仮説
光電効果は金属板に光を照射すると電子が表面から放出される現象のことです。この現象は1888年にWilhelm Hallwachsによって発見され、様々な研究者によって盛んに研究されました。その結果、非常に興味深い性質として
- 電子の放出は電磁波の振動数が一定の値より大きくないと起こらない。その値よりも小さい振動数の電磁波を長時間照射しても電子は放出されない。
- 振動数の大きい電磁波を照射すると電子の運動量は大きくなるが、個数は変化しない。
- 強い光を当てると多くの電子が放出されるが、運動エネルギーは変化しない。
という結果が得られました。
当時スイスのベルンで特許庁の職員をしていたEintsteinは、光電効果とPlanckの量子仮説を結び付けて説明するために、「光は粒子として存在している」という光量子仮説を提唱しました(1905)。
1.3 Compton散乱
Compton散乱とは、電子に光(特にX線)を照射すると電子と光が散乱する現象で、1922年にComptonが発表したものです。このとき散乱光の波長が入射光の波長よりも長くなることが確認されていました。これをCompton効果といいます。Compton効果は古典力学では説明できないものでした。
しかしComptonは「光が運動量とエネルギーを持つ粒子として振る舞っている」としてCompton効果の理論を完成させます(1923)。ここで光の運動量に定量的な定義が与えられました。
$$|\vec{p}|=\frac{h\nu}{c}=\frac{h}{\lambda}$$
2 電子の波動性
古典力学では、物質(粒子)は質量を持った点(質点)として考えられてきました。Newton力学もこの前提のもと組み立てられ、様々な現象を説明してきました。しかしミクロスケールの現象を記述しようとすると、古典力学は様々な方面から矛盾に直面します。そして物質も波動として振舞うことが理論的に確かめられました。
2.1 de Broglie波
de Broglileは光の粒子性と波動性を結びつけるために考えられた電磁波の運動量の概念を一般の物質にも適用し、物質も波動の性質を持っていると主張しました(1924)。
具体的には、粒子の静止質量を\(m_0\)、速さを\(v\)、運動量の絶対値を\(|\vec{p}|=mv\)とすると 、de Broglie波長\(\lambda \)は$$\lambda =\frac{h}{p}=\frac{h}{mv}$$となります。
2.2 電子線の回折
回折とは、光などの波が伝播する媒質中に障害物が存在するとき、波がその背後に回り込む現象のことです。この現象は障害物の大きさと波の波長が同程度の時に顕著に見られる特徴があります。
光の回折は1600年代から確認されていた現象でした。しかし1924年にde Broglieが物質の波動性を提唱し、物質でも回折現象が起こるのではないかと実験が行われました。
1927年、C.DavissonとL.Garmerはニッケル金属の結晶に電子線を照射すると、de Broglieの理論から予想される波長において回折が起こることを確認しました。これによってde Broglieが主張した物質の波動性が実験によって裏付けられました。
2.3 原子の安定性
量子力学の発展以前から、原子は原子核とその周りを回る電子からなっていると考えられていました。しかしこの原子模型を古典力学的に解析すると、原子が非常に不安定になってしまうこともわかっていました。
水素原子を例に考えます。原子の中心に電荷\(e\)の陽子があり、その周りを電荷\(-e\)の電子が一つ円運動をしています。このときの電子のエネルギーは
$$E=\frac{1}{2m}p^2-\frac{1}{4\pi\varepsilon_0}\frac{e^2}{r^2}$$
となります。位置\(r\)と運動量\(p\)が独立であるとすると、エネルギーの安定な平衡点は\(r=0\)となってしまい、電子は原子核に向かって「落ちていく」ことになります。実際に計算すると、水素原子は\(10^{-11}s\)程度で潰れてしまいます。
つまり、古典的な解釈では水素原子の安定性を説明できないのです。
3 古典力学から量子力学へ
1900年の始めはこれまでの古典力学では解明できない現象を、光の粒子性や物質の波動性といった新たな枠組みで捉え記述することができるようになった時代でした。古典力学の破綻と現象のの洞察が、現代物理学の基礎となる量子力学を作る第一歩となったのです。(終)