波動関数の境界条件
はじめに
波動関数は量子力学において「粒子の状態」を記述する複素関数である。その絶対値の2乗は確率分布、つまりどれぐらいの確率で粒子がそこにいるかを表している。
領域によってポテンシャルが変わる場合には、それぞれでSchrödinger方程式をといて、それらの解に「境界条件」を課すというのが一般的だ。その境界条件は大抵、
というものである。これらはしばしば「物理的要請」として登場するのだが、本当に正当な条件なのだろうか。
デルタ関数のポテンシャル
簡単のために1次元に限って議論をしよう。$x=0$において無限の深さを持ったポテンシャルがあるとする。それ以外の領域でポテンシャルは0だ。
$$V(x)=-U\delta(x)\,, U>0$$
束縛状態
束縛状態とは、粒子のエネルギーがポテンシャルよりも小さい状態のことをいう。粒子のエネルギーを$E$とおくと、束縛状態では$E<0$だ。
このような状態についてSchrödinger方程式を解くと波動関数$\psi(x)$は連続性を考慮すると
$$\psi(x)=Ae^{-q|x|}$$
となる。ここで$q=\sqrt{-2mE}/\hbar$である。
ここで衝撃的なことがわかる。波動関数の連続性を要請すると、自動的に1階導関数の連続性は満たされない。1階導関数の連続性は必要条件、というわけではなさそうだ。
散乱状態
次に$E>0$の散乱状態を考えてみよう。散乱状態の波動関数は一般に規格化することができないため、「確率密度流」を導入して議論を行う。
例えば$e^{ikx}$という波動関数で表される状態は、確率密度流$j=\frac{\hbar k}{2m}$で$x$の負から正に移動する粒子状態に対応する。一方で$e^{-ikx}$は確率密度流の正負が逆転し、正から負に移動する粒子状態に対応する。
このようなことを考えると、粒子を負から正に流した際の波動関数は
$$\psi(x)=\begin{cases}e^{ikx}+Be^{-ikx}&x<0\\Ce^{ikx}&0<x\end{cases}$$
とかける。$e^{ikx}$は入射した粒子、$Be^{-ikx}$は$x=0$のポテンシャルで反射した粒子、$Ce^{ikx}$はポテンシャルを透過した粒子に対応している。散乱状態の粒子が負のポテンシャルを感じて反射する、というのは少々気持ち悪いかもしれないが、一旦それを認めて次へ進もう。
今、波動関数には未知の定数$A,B$が含まれている。これを決めるために波動関数と導関数の連続性を使うと、
$$1+B=C$$
$$ik(1-B)=ikC$$
つまり$B=0,C=1$である。
「ほら見ろ、散乱状態は負のポテンシャルで反射しないじゃないか!」と思うかもしれない。しかしここで使った「導関数の連続性」の正当性は確認できていないのだ。まずはそれについて考えてみよう。
「導関数の連続性」?
一般のポテンシャルに対して、時間に依存しないSchrödinger方程式は次のようにかけた。
$$\left(-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d^2}{dx^2}+V(x)\right)\psi(x)=E\psi(x)$$
これを$x=0$の周り、$x\in[-\epsilon,\epsilon]\,,\epsilon\ll 1$で積分してみよう。
左辺は
$$\int_{-\epsilon}^\epsilon\left(-\frac{\hbar^2}{2m}\frac{d^2}{dx^2}+V(x)\right)\psi(x)dx =-\left.\frac{\hbar^2}{2m}\psi'(x)\right|_{-\epsilon}^\epsilon-\int_{-\epsilon}^\epsilon dxV(x)\psi(x)$$
右辺はすぐにわかる。
$$E\int_{-\epsilon}^\epsilon dx\psi(x)$$
$\psi(x)$や$V(x)\psi(x)$の原子関数が$x=0$で連続ならば、$\epsilon\to 0$の極限を考えることで
$$\int_{-\epsilon}^\epsilon dx V(x)\psi(x)=E\int_{-\epsilon}^\epsilon dx \psi(x)=0$$
となり、最終的に
$$\lim_{\epsilon\to0}\left.\psi'(x)\right|_{-\epsilon}^\epsilon=0$$
つまり$x=0$における波動関数の1階導関数の連続性が導かれる。
しかしデルタ関数形ポテンシャルではこれが成り立たない。なぜなら
$$\int_{-\epsilon}^\epsilon dx\delta(x)\psi(x)=\psi(0)$$
であるからだ。これを考慮すれば、デルタ関数形ポテンシャルの場合における、「波動関数の連続性」と並ぶもう一つの境界条件は
$$-\left.\frac{\hbar^2}{2m}\psi'(x)\right|_{x\uparrow 0}^{\downarrow0}=-U\psi(0)$$
でなければならない。
これを解くとようやく定数$B,C$が
$$B=\frac{mU}{ik\hbar^2-mU}\,,C=\frac{ik\hbar^2}{ik\hbar^2-mU}$$
と決まる。
最後に
波動関数の1階導関数の連続性は「物理的要請」ではないことがわかった。しかしデルタ関数以外の大抵のポテンシャルに対しては、1階導関数の連続性を使って議論することになりそうだ。(終)