FarPhys〜物理学と戯れて〜

物理学の解説をしているFarPhysのブログです!

縮退のない摂動論

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今回は、量子力学の計算において重要な「摂動論」について話をしていきます。波動関数(状態)はSchrödinger方程式を満たし、それを解くことによって状態を決めることができるのですが、その計算は非常に大変です。ほとんどの系は厳密解を求めることができず、近似解を求めることになります。その近似解を求める手法がこの摂動論です。

摂動論ではHamiltonianが時間に依存しているか、縮退があるかによってとる手法が異なってきます。今回は最も簡単な、Hamiltonianが時間依存せず、縮退のない場合を考えます。

 ---

Hamiltonianを次のように書く。
$$
H(\lambda)=H^{(0)}+\lambda \delta H
$$
ただし$H^{(0)}$ は非摂動項で、そのエネルギー固有値・固有状態はわかっているとする。$\lambda\delta H$が摂動項であるが、$\lambda\in[0,1]$を導入することによって
$$
\begin{cases}
\lambda =0 &:H=H^{(0)}…既知の系\\
\lambda =1 &:H=H^{(0)}+\delta H…計算したい系
\end{cases}
$$
となる。また、摂動Hamiltonian $\delta H$が大きい値を持っていたとしても、非常に小さい$\lambda$を選べば摂動論として近似的に取り扱うことができるようになる。

$H^{(0)}$のよく知っている固有状態を
$$
|k^{(0)}\rangle :k=0,1,2,...
$$
とかく。ただし規格化条件は
$$
\langle k^{(0)}|l^{(0)}\rangle =\delta_{kl}
$$
とする(正規直交条件)。この時の時間に依存しないSchrödinger方程式はエネルギー固有値$E_k^{(0)}$に対して
$$
H^{(0)}|k^{(0)}\rangle =E_k^{(0)}|k^{(0)}\rangle
$$
であるが、$k$の取り方としてエネルギーを昇順にするように選ぶ。ただし今は縮退がない場合を取り扱っているので
$$
E_0^{(0)}< E_1^{(0)}< …
$$
となる。摂動論において我々が計算したいのは、「$E$が$\lambda$に対してどのように変化するか?」ということである。では、摂動項を含んだSchrödinger方程式を扱っていこう。
$$
H(\lambda)|n\rangle_\lambda =E_n(\lambda )|n\rangle_\lambda
$$
ただし、$|n\rangle_\lambda\,,E_n(\lambda)$は次のような$\lambda$の冪級数で定義する。
$$
\begin{align}
|n\rangle_\lambda &=|n^{(0)}\rangle +\lambda |n^{(1)}\rangle +\lambda^2|n^{(2)}\rangle +…\\
E_n(\lambda) &=E_n^{(0)}+\lambda E_n^{(1)}+\lambda^2E_n^{(2)}+…
\end{align}
$$
これを先程のSchrödinger方程式に代入すると
$$
\begin{align}
&(H^{(0)}+\lambda \delta H-E_n(\lambda))|n\rangle_\lambda =0\\
\rightarrow& \left[(H^{(0)}-E_n(\lambda))-\lambda (E_n^{(1)}-\delta H)-\lambda^2E_n^{(2)}-…-\lambda^kE_n^{(k)}-…\right]\left(|n^{(0)}\rangle +\lambda|n^{(1)}\rangle +\lambda^2|n^{(2)}\rangle +…\right)=0
\end{align}
$$
となる。$\lambda$というのは$0\sim1$の任意の数であったから、$\lambda$について整理するとその係数は全て$0$になるはずである。従って
$$
\begin{align}
\mathcal{O}(\lambda^0) &:(H^{(0)}-E_n^{(0)})|n^{(0)}\rangle =0\\
\mathrm{O}(\lambda^1) &:(H^{(0)}-E_n^{(0)})|n^{(1)}\rangle =(E_n^{(1)}-\delta H)|n^{(0)}\rangle\\
\vdots\\
\mathcal{O}(\lambda^i) &:(H^{0}-E_n^{(0)})|n^{(i)}\rangle =(E_n^{(1)}-\delta H)|n^{(i-1)}\rangle +E_n^{(2)}|n^{(i-2)}\rangle +…+E_n^{(i)}|n^{(0)}\rangle
\end{align}
$$
という一連の式を得る。この式を元にしてエネルギー固有値・固有状態を決定していく。ただし$\mathcal{O}(\lambda^0)$は摂動のない元々のSchrödinger方程式であるので特に面白みはない。

まず、摂動によって現れる状態$|n^{(1)}\rangle、|n^{(2)}\rangle…$の規格化条件を$\langle n^{(0)}|n^{(k)}\rangle =0,k=1,2,…$としておく。すなわち、摂動によって現れる状態は、元々の状態とは直交しているとするのである。*1

エネルギーの1次摂動と一般形

$\mathcal{O}(\lambda^1)$について考える。左から$\langle n^{(0)}|$をかけると、
$$
\begin{align}
\langle n^{(0)}|(H^{(0)}-E_n^{(0)})|n^{(1)}\rangle &= \langle n^{(0)}|(E_n^{(1)}-\delta H)|n^{(0)}\rangle\\
0 &=E_n^{(1)}-\langle n^{(0)}|\delta H|n^{(0)}\rangle
\end{align}
$$
となる。ただし左辺は$\langle n^{(0)}|H^{(0)}=\langle n^{(0)}|E_n^{(0)}$であるから$0$になる。すなわちエネルギーの一次摂動が
$$
E_n^{(1)}=\langle n^{(0)}| \delta H|n^{(0)}\rangle
$$
であることがわかった。

さらに一般の$\mathcal{O}(\lambda^k)$についても同様にして求めることができる。左から$\langle n^{(0)}|$をかけるとやはり左辺は0になり、右辺は
$$
\begin{align}
\mathrm{RHS} &= \langle n^{(0)}|(E_n^{(1)}-\delta H)|n^{(i-1)}\rangle +E_n^{(2)}\langle n^{(0)}|n^{(i-2)}\rangle +…+E_n^{(i)}\langle n^{(0)}|n^{(0)}\rangle \\
&= -\langle n^{(0)}|\delta H|n^{(i-1)}\rangle +E_n^{(i)}
\end{align}
$$
となる。従ってエネルギーの$k$次摂動$E_n^{(i)}$は一般に
$$
E_n^{(i)}=\langle n^{(0)}|\delta H|n^{(i-1)}\rangle
$$
となるのである。しかし、これは摂動によって現れる$|n^{(i-1)}\rangle$がわかっていないと計算できない。では状態の摂動はどのようになっているのだろうか。

状態の1次摂動

今度は$\mathcal{O}(\lambda^1)$の式に左から$\langle k^{(0)}|$をかける。この状態$|k^{(0)}\rangle$というのは摂動のない系での$k$番目の固有状態である。固有エネルギーはもちろん$E_k^{(0)}$であるので、
$$
\begin{align}
\langle k^{(0)}|(H^{(0)}-E_n^{(0)})|n^{(1)}\rangle &= \langle k^{(0)}|(E_n^{(1)}-\delta H)|n^{(0)}\rangle \\
(E_k^{(0)}-E_n^{(0)})\langle k^{(0)}|n^{(1)}\rangle &= E_n^{(1)}\langle k^{(0)}|n^{(0)}\rangle -\langle k^{(0)}|\delta H|n^{(0)}\rangle =-\langle k^{(0)}|\delta H|n^{(0)}\rangle
\end{align}
$$
となる。ただし$\langle k^{(0)}|n^{(0)}\rangle =\delta_{kn}=0$を用いた。このことから、
$$
\langle k^{(0)}|n^{(1)}\rangle = \frac{-\delta H_{kn}}{E_k^{(0)}-E_n^{(0)}}
$$
とかける*2。ただし$\delta H_{kn}\equiv\langle k^{(0)}|\delta H|n^{(1)}\rangle$と定義した。

求めたいのは状態の1次摂動$|n^{(1)}\rangle$であった。これを展開すると次のようになる。
$$
\begin{align}
|n^{(1)}\rangle &= \sum_k|k^{(0)}\rangle \langle k^{(0)}|n^{(1)}\rangle\\
&= \sum_{k\neq n} \langle k^{(0)}|n^{(1)}\rangle|k^{(0)}\rangle
\end{align}
$$
なお、$\langle n^{(0)}|n^{(1)}\rangle=0$であるので、$n=k$については考えなくて良い。これによって、先ほどまでの議論とを組み合わせることができて、
$$
|n^{(1)}\rangle =-\sum_{k\neq n}\frac{\delta H_{kn}}{E_k^{(0)}-E_n^{(0)}}|k^{(0)}\rangle
$$
を得る。

エネルギーの2次摂動

状態の1次摂動がわかったので、エネルギーの2次摂動を求めることができる。
$$
\begin{align}
E_n^{(2)} &= \langle n^{(0)}|\delta H|n^{(1)}\rangle \\
&= -\sum_{k\neq n}\frac{\langle n^{(0)}|\delta H|k^{(0)}\rangle\delta H_{kn}}{E_k^{(0)}-E_n^{(0)}}\\
&= -\sum_{k\neq n}\frac{\delta H_{nk}\delta H_{kn}}{E_k^{(0)}-E_n^{(0)}}\\
&= -\sum_{k\neq n}\frac{|\delta H_{kn}|^2}{E_k^{(0)}-E_n^{(0)}}
\end{align}
$$
なお、$\delta H_{kn}$と$\delta H_{kn}$はHamiltonianのエルミート性より複素共役でつながる。従って$\delta H_{kn}\delta H_{kn}=|\delta H_{nk}|^2$なのである。

以上のことをまとめると、
$$
\begin{align}
&|n\rangle =|n^{(0)}\rangle -\lambda \sum_{k\neq n}\frac{\delta H_{kn}}{E_k^{(0)}-E_n^{(0)}}|k^{(0)}\rangle +\mathcal{O}(\lambda^2)\\
&E_n(\lambda) =E_n^{(0)}+\lambda \delta H_{nn}-\lambda^2\sum_{k\neq n}\frac{|\delta H_{nk}|^2}{E_k^{(0)}-E_n^{(0)}}+\mathcal{O}(\lambda^3)
\end{align}
$$
となる。

Remark

エネルギーの2次摂動について、考えているエネルギー準位よりも上の準位はエネルギーを下げる効果を持ち、下の準位はエネルギーを上げる効果を持つ。
$$
\begin{align}
E_{n}^{(2)\mathrm{upper}}\equiv -\lambda^2\sum_{k>n}\frac{|\delta H_{nk}|^2}{E_k^{(0)}-E_n^{(0)}}\\
E_{n}^{(2)\mathrm{lower}}\equiv -\lambda^2\sum_{k<n}\frac{|\delta H_{nk}|^2}{E_k^{(0)}-E_n^{(0)}}
\end{align}
$$
このように$E_n^{(2)}$を$n$よりも低い準位からの効果と高い準位からの効果に分ければ、$E_n^{(0)}$の大小関係により
$$
\begin{align}
E_n^{(2)\mathrm{upper}}<0\\
E_n^{(2)\mathrm{lower}}>0
\end{align}
$$
であることがわかる。(終)

*1:: 例えば$|n^{(1)}\rangle_f$という状態が摂動によって出てきて、これが$|n^{(0)}\rangle$を含んでいたとする:$|n^{(1)}\rangle_f =\alpha|n^{(1)}\rangle +\beta|n^{(0)}\rangle$。このような場合には出てきた$\beta|n^{(0)}\rangle$を無理やり元からあった$|n^{(0)}\rangle$に足して、規格化してやれば良い。そのような手続きを踏むことによって結局上記の規格化条件を満足する。

*2:エネルギーの差による割り算が可能になるのは異なる$n,k$に対して$E_n^{(0)}\neq E_k^{(0)}$の時だけである。このことから、縮退のある場合には別の方法を考える必要があることがわかる。

角運動量の加算

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今回は角運動量の加算について考えていきます。
角運動量演算子には、古典力学での角運動量に対応する「軌道角運動量演算子」と、内部自由度に対応する「スピン角運動量演算子」の二つが存在します。どちらも同じ角運動量であり、この二つを足したものが「全角運動量演算子」と呼ばれるものです。
この「角運動量を足す」ということについて、状態の掛け算という観点から考えていきましょう。

 

fartherphysics.hatenablog.com

 

軌道角運動量とスピン角運動量の合成

まずは手始めに全角運動量演算子を直積を用いて表します。軌道角運動量演算子とスピン角運動量演算子はそれぞれ\(\hat{L}\,,\hat{S}\)と書きます。そしてそれらを合成した全角運動量演算子は$$\hat{J}=\hat{L}+\hat{S}$$と書きます。
これを直積の意味をあらわに書くと$$\hat{J}=\hat{L}\otimes{\textbf 1} +{\textbf 1}\otimes \hat{S}$$となるでしょう。

2電子系のスピンの合成

同じようにスピン1/2を持つ粒子・電子の状態を合成します。電子1,2に対するスピン角運動量演算子を\(\hat{S}_i\)とかくと、2粒子系に対するスピン角運動量演算子は$$\hat{S}_\mathrm{tot.}=\hat{S}_1\otimes {\textbf 1}+{\textbf 1}\otimes \hat{S}_2$$となります。ただし直積記号の左側が電子1に、右側が電子2に作用する演算子です。
ここで、それぞれの電子に対する角運動量はLie代数を満たしています:

$$\begin{align} [\hat{S}_{1j},\hat{S}_{1j}] &=i\hbar\epsilon_{ijk}\hat{S}_{1k}\\ [\hat{S}_{2i},\hat{S}_{2j}]& =i\hbar\epsilon_{ijk}\hat{S}_{2k}\\ [\hat{S}_{1i},\hat{S}_{2j}] &=0 \end{align}$$

すなわち、同じ電子についてはよく知った交換関係を満たしており、違う電子については演算子が交換するということです。

さて、角運動量とその固有状態には次のような関係がありました。

$$\begin{align} \hat{\vec{J}}|j,m\rangle & = \hbar^2j(j+1)|j,m\rangle\\ \hat{J}_z|j,m\rangle & = m \hbar |j,m\rangle \end{align}$$

この関係はスピン角運動量でももちろん成り立つものですが、合成した後の演算子\(\hat{S}_\mathrm{tot.}\)については成り立つのでしょうか?

まずは簡単な\(\hat{S}_z=\hat{S}_{1z}+\hat{S}_{2z}\)から。

$$\begin{align} \hat{S}_z|s_1,m_1;s_2,m_2\rangle & = (\hat{S}_{1z}\otimes{\textbf 1}+{\textbf 1}\otimes\hat{S}_{2z})|s_1,m_1\rangle\otimes|s_2,m_2\rangle\\ & = m_1\hbar|s_1,m_1\rangle\otimes |s_2,m_2\rangle+m_2\hbar|s_1,m_1\rangle\otimes|s_2,m_2\rangle\\ & = (m_1+m_2)\hbar|s_1,m_1;s_2,m_2\rangle \end{align}$$

\(\hat{S}_z\)については成り立っていることがわかりました。次に\(\hat{\vec{S}}\)についてみてみましょう。

$$\begin{align} \hat{\vec{S}}^2|s_1,m_1;s_2,m_2\rangle & = (\hat{\vec S}_1+\hat{\vec S}_2)^2|s_1,m_1\rangle\otimes|s_2,m_2\rangle\\ & = (\hat{\vec S}_1^2+2\hat{\vec S}_1\hat{\vec S}_2+\hat{\vec S}_2^2)|s_1,m_1\rangle\otimes|s_2,m_2\rangle\\ & = \left[\hbar^2\left(s_1(s_1+1)+s_2(s_2+1)\right)+2\hat{\vec S}_1\hat{\vec S}_2\right]|s_1,m_1\rangle\otimes|s_2,m_2\rangle\end{align}$$

どうやら\(\hat{\vec S}_1\hat{\vec S}_2\)を計算する必要がありそうです。

$$\begin{align}\hat{\vec S}_1\hat{\vec S}_2 & = \hat{S}_{1x}\hat{S}_{2x}+\hat{S}_{1y}\hat{S}_{2y}+\hat{S}_{1z}\hat{S}_{2z}\\ & = \frac{1}{2}(\hat{S}_{1+}\hat{S}_{2-}+\hat{S}_{1-}\hat{S}_{2+})+\hat{S}_{1z}\hat{S}_{2z}\end{align}$$

したがって、\(\hat{\vec S}_1\hat{\vec S}_2|s_1,m_1;s_2,m_2\rangle\)を計算すると $$\begin{align} & \hat{\vec S}_1\hat{\vec S}_2|s_1,m_1;s_2,m_2\rangle = \left[\frac{\hat{S}_{1+}\hat{S}_{2-}+\hat{S}_{1-}\hat{S}_{2+}}{2}+\hat{S}_{1z}\hat{S}_{2z}\right]|s_1,m_1;s_2,m_2\rangle\\ & = \frac{\hbar^2}{2}\sqrt{(s_1-m_1)(s_1+m_1+1)(s_2+m_2)(s_2-m_2+1)}|s_1,m_1+\hbar;s_2,m_2-\hbar\rangle\\ &+ \frac{\hbar^2}{2}\sqrt{(s_1+m_1)(s_1-m_1+1)(s_2-m_2)(s_2+m_2+1)}|s_1,m_1-\hbar;s_2,m_2\hbar\rangle\\ &+\hbar^2m_1m_2|s_1,m_1;s_2,m_2\rangle \end{align}$$

となって、固有値方程式を満たしていないことがわかります。期待していた形にはなりませんでしたが、合成した状態が合成した演算子の二乗の固有状態にはならないという、興味深い結果を得ることができました。
これに関する考察は一旦置いておき、\(|\pm\rangle_i\)の直積で生まれる状態

$$|++\rangle,|+-\rangle,|-+\rangle,|--\rangle$$

について考えていきましょう。

ベクトル空間の直積を直和に直す(直積で得た空間を「空間の足し算」にする)知識があれば、スピン1/2空間\(V_{1/2}\)の直積は

$$V_{1/2}\otimes V_{1/2}=V_{1}\oplus V_{0}$$

とかけることがわかります。これはスピン1/2の粒子2つからなる系は、スピン1の系と0の系の和である、ということを意味しています。
まずはスピン1の状態で最も\(m\)の値が大きいもの、すなわち\((s,m)=(1,1)\)を考えましょう。するとこれに該当するのは$$|++\rangle$$であることがわかります。実際に\(\hat{S}_z\)を作用させるとそれがわかるでしょう。
\(s=1\)でそれ以外の\(m\)の状態を得るには、昇降演算子を用いて状態を上げ下げすれば良いでしょう。\(|++\rangle\)についてそれを行うと

$$\begin{align}&\hat{S}_-|++\rangle = |-+\rangle+|+-\rangle\\ &\hat{S}_-(|-+\rangle+|+-\rangle)= |--\rangle\end{align}$$

という式が得られます。ただし規格化することで

$$\begin{align}|s=1,m=1\rangle & = |++\rangle\\ |s=1,m=0\rangle & = \frac{1}{\sqrt{2}}(|-+\rangle+|+-\rangle)\\ |s=1,m=-1\rangle & = |--\rangle\end{align}$$

と書くことができます。これで求めたい状態のうち3つがわかりました。
残る最後は\(V_0\)の状態です。これは他の状態(基底)と垂直になるように構成すればよく、

$$|s=0,m=0\rangle =\frac{1}{\sqrt{2}}(|+-\rangle-|-+\rangle)$$

となります。これで2つの電子がある系の状態を表す基底を書くことができました。

 

複合系の状態を求めたい場合はそれらの直積を用いることで表現できます。ただし直積の状態が、元の系で満たしていた固有値方程式に対応するとは限りません。なので、新しい状態の規程を求める必要があります。
複合系の規定を求める際には、今回のように「最も(角運動量固有値が)高い状態」からスタートして、昇降演算子で状態を「下げていく」という方法が常套手段となります。(終)

状態の「掛け算」

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今回は複数の状態を合わせて一つの状態として扱う方法を考えます。例えば粒子は「位置(という状態)」「運動量(という状態)」「スピン」などの様々な状態を持っており、私たちが扱うのはそれらが合わさった状態です。また、複数の電子がある系(原子模型など)では2個以上の電子を合わせて一つの系として扱います。この際にも状態の「掛け算」をする必要があります。

まず最初に「状態ベクトルの合成」について考えてみましょう。
まず1つの粒子について、状態をケットで表現します。スピン自由度は上むきと下向きの二つがあり、粒子なので位置の自由度も持っています。なので状態ケットを次のように書きたくなるでしょう。

$$|\vec{x};\pm\rangle$$

さて、ケットはベクトルのように「空間を張る」ということを思い出しましょう。\(|\vec{x};\pm\rangle\)はどのような空間を張るのでしょうか?そしてその空間は\(|\vec{x}\rangle\)や\(|\pm\rangle\)の張る空間とどのような関係があるのでしょうか?

これを端的に表すのが次の式です。上で書いた状態ケットの式は、次のように定義されます。

$$|\vec{x};\pm\rangle =|\vec{x}\rangle \otimes |\pm\rangle$$

\(\otimes\)という記号は「直積」という数学記号で、2つのベクトル空間を掛け合わせたようなものを意味します。ここでは\(|\vec{x}\rangle\)という位置の空間と\(|\pm\rangle\)というスピン空間を掛け合わせたものです。
したがって、位置の空間に作用する演算子\(\hat{A}\)とスピンの空間に作用する演算子\(\hat{B}\)を足した演算子を\(|\vec{x};\pm\rangle\)に作用させると次のようになります。

$$(\hat{A}+\hat{B})|\vec{x};\pm\rangle = (\hat{A}|\vec{x}\rangle)\otimes|\pm\rangle+|\vec{x}\rangle\otimes (\hat{B}|\pm\rangle)$$

このことを考えると、\(\hat{A}+\hat{B}\)は次のように書いても良いのではないでしょうか。

$$\hat{A}+\hat{B}=\hat{A}\otimes {\textbf 1}+{\textbf 1}\otimes \hat{B}$$

直積記号の右側は位置の空間に作用し、左側はスピンの空間に作用するという意味です。\(\hat{A}\)は位置の空間にしか作用しないので、スピンの空間には恒等演算子\({\textbf 1}\)がついています。

それでは別の例を考えてみましょう。2つのスピンのない粒子1と2があり、それらの位置ケットが\(|\vec{x}\rangle_i(i=1,2)\)と書かれているとします。この2粒子系を一つの状態としてかくと

$$|\vec{x}\rangle_1\otimes |\vec{x}\rangle_2$$

となるでしょう。そして粒子1に対して作用する\(\hat{A}\)と粒子2に対して作用する\(\hat{B}\)の足し算は

$$\hat{A}\otimes {\textbf 1}+{\textbf 1}\otimes \hat{B}$$

であり、実際に作用させると次のようになるはずです。

$$\hat{A}|\vec{x}\rangle_1\otimes |\vec{x}\rangle_2+|\vec{x}\rangle_1\otimes\hat{B}|\vec{x}\rangle_2$$

 

この考え方を用いて、「角運動量の加算」を考えていきましょう。

 

fartherphysics.hatenablog.com

 

SU(2)の構成

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今回はLie群の中のSU(2):2次特殊ユニタリー群の表現を構成していきます。調和振動子を用いた構成方法を用います。この方法は$SU(n)$に拡張するのが容易であるというメリットがあります。

群の復習したい場合はこちらの記事をどうぞ。

fartherphysics.hatenablog.com

 そして、今回のゴールは$J_\pm,J_3$の行列要素を求めることです。

ハミルトニアン、生成・消滅演算子

互いに相互しない粒子が$N$個ある場合、等方調和振動子ハミルトニアン

$$H=\sum_{i=1}^N \left(\frac{1}{2m}p_i^2+\frac{1}{2}m\omega^2x_i^2\right)$$

とかけます。これからは簡単のために$m=\omega=\hbar=1$の系を考えることにしましょう。すると生成・消滅演算子と個数演算子は次のようにシンプルな形でかけます。

$$a\equiv \frac{1}{\sqrt{2}}(x+ip)\,,a^\dagger \equiv \frac{1}{\sqrt{2}}(x-ip)$$

$$N\equiv a^\dagger a$$

交換関係なども確認しておきましょう。

$$[a,a^\dagger]=1$$

$$[N,a]=-a\,,[N,a^\dagger]=a^\dagger\,:Na^\dagger=a^\dagger(N+1)$$

この時ハミルトニアンは$H=a^\dagger a+\frac{1}{2}$とかけます。

一般の状態の構成:$|n\rangle$

それでは、一般の状態$|n\rangle$を構成していきます。まずは1次元で考えましょう。

結果は

$$n\rangle =\frac{1}{\sqrt{n!}}\left(a^\dagger\right)^n|0\rangle$$

になるので、量子力学ですでにこの結果を知っている人は読み飛ばしてください。[>>続き]

まずは状態$|0\rangle$を考えます。この$0$というのは$N$の固有値で、例えば$|m\rangle$に対しては$N|m\rangle=m|m\rangle$となります。

 

このことから、状態$|n\rangle$を作りたい場合は$|0\rangle$に$a^\dagger$を$n$回作用させれば良いのです。ただし係数は未知数で

$$|n\rangle =C_n\left(a^\dagger\right)^n|0\rangle$$

と書くことができます。また、係数$C_n$は規格化条件から決定することができます。

$$\begin{eqnarray} \langle n'|n\rangle &=& C_{n'}^\ast C_n\langle 0|a^{n'}{a^\dagger}^n|0\rangle\\ &=&\delta_{nn'}C_{n'}^\ast C_nn\langle 0|a^{n'-1}{a^\dagger}^{n-1}|0\rangle\\ …&=&n!|C_n|^2=1 \end{eqnarray}$$

すなわち$|n\rangle$は係数を実数にとって

$$|n\rangle =\frac{1}{\sqrt{n}}\left(a^\dagger\right)^n|0\rangle$$

とかけるのです。

[>>続き]

この$|n\rangle=\frac{1}{\sqrt{n!}}\left(a^\dagger\right)^n|0\rangle$を1次元から$D$次元に拡張すると次のようになります。

$$a\to a_i$$

$$N\to N_i \equiv a_i^\dagger a_i\,, N\equiv \sum_{i=1}^DN_i$$

$$[a_i,a_j^\dagger]=\delta_{ij}$$

$$|n_1,...,n_D\rangle =\frac{1}{\sqrt{n_1!...n_D!}}\left(a_1^\dagger\right)^{n_1}...\left(a_D^\dagger\right)^{n_D}|0\rangle$$

$$(i=1,2,...,D)$$

SU(2)のLie代数

 それでは本題の$SU(2)$を構成していきます。まず、2次元における生成・消滅演算子$a_1\,,a_2$を考えましょう。このとき個数演算子$N$とハミルトニアン$H$は

$$N=a_1^\dagger a_1+a_2^\dagger a_2$$

$$H=N+1$$

となります。

ここで、回転を表す行列$u\in SU(2)$は生成元を$J$として$u=e^{i\vec{\theta}\cdot\vec{J}}$と書くことができます。この$J$は

$$J_i\equiv \frac{1}{2}\sum_{a,b=1,2}a_a^\dagger σ^i_{ab}a_b=\frac{1}{2}\vec{a}^\dagger σ^i\vec{a}$$

というように構成します。ただし$σ$はPauli行列です。理由は省略しますが、$[H,J]=0$となるような構成です。$i=1,2,3$について書き下すと

$$J_1=\frac{1}{2}(a_1^\dagger a_2+a_2^\dagger a_1)$$

$$J_2=\frac{1}{2}(a_1^\dagger a_2-a_2^\dagger a_1)$$

$$J_3=\frac{1}{2}(a_1^\dagger a_1 +a_2^\dagger a_2)=\frac{1}{2}(N_1-N_2)$$

となります。このことから$J_i$の交換関係は

$$[J_i,J_j]=i\epsilon_{ijk}J_k$$

であることがわかります。これが$SU(2)$のLie代数と呼ばれる交換関係です。

SU(2)の構成

では最後に$J$の行列要素を求めていきましょう。そのためには$|p\rangle_1|q\rangle_2$という状態を考える必要があります。これは「粒子1の状態が$|p\rangle$で、粒子2の状態が$|q\rangle$である状態」と考えていいでしょう。2粒子の複合系とでも言いましょうか。

この状態は$|0\rangle$と生成・消滅演算子を用いて次のように書くことができます。

$$|p\rangle_1|q\rangle_2=\frac{1}{\sqrt{p!q!}}\left(a_1^\dagger\right)^p\left(a_2^\dagger\right)^q|0\rangle_1|0\rangle_2$$

これは『一般の状態の構成』 の最後に得た結果で$D=2$としたものです。

さて、この状態に個数演算子$\hat{N}=a_1^\dagger a_1+a_2^\dagger a_2$を作用させます。以降、簡単のために$|p\rangle_1|q\rangle_2=|p,q\rangle$と書くことにしましょう。

$$\hat{N}|p,q\rangle=(p+q)|p,q\rangle$$

カシミア演算子$\vec{J}^2$は(少々大変な計算を経て)$\vec{J}^2=\frac{\hat{N}}{2}\left(\frac{\hat{N}}{2}+1\right)$となります。状態$|p,q\rangle$に対する$\vec{J}^2$の固有値を、角運動量の表記に従って$j$と書くことにしましょう。すると$\frac{\hat{N}}{2}$の固有値$\frac{N}{2}=j$となります。

さらに、$|p,q\rangle$の$\hat{N}$の固有値$N$は真面目に計算すると$N=p+q$です。一方で状態$|p,q\rangle$に$J_3$を作用させると

$$J_3|p,q\rangle=\frac{1}{2}(p-q)|p,q\rangle$$

であることもわかります。すなわち$|p,q\rangle$を角運動量演算子の固有状態の表記に従って$|p,q\rangle =|j,m\rangle\rangle$とかけば、

$$j=\frac{1}{2}(p+q)\,,m=\frac{1}{2}(p-q)$$

となるのです。これらから直ちに$p=j+m\,,q=j- m $という関係もわかります。

つまり$|p,q\rangle$に演算子$J$、例えば$J_+$を作用させてみると、

$$\begin{eqnarray} J_+|p,q\rangle &=& a_1^\dagger |p\rangle_1 a_2|q\rangle_2\\ &=&\sqrt{p+1}|p+1\rangle_1 \sqrt{q}|q-1\rangle_2\\ &=&\sqrt{(p+1)q}|p+1,q-1\rangle\\ &=&\sqrt{(p+1)q}|j,m+1\rangle\rangle\\ &=&\sqrt{(j+m+1)(j-m)}|j,m+1\rangle\rangle\end{eqnarray}$$

であることがわかります。このような議論を$J_-\,,J_3$に対しても行えば、それぞれの行列要素が

$$\langle j,m+1|J_+|j,m\rangle =\sqrt{(p+1)q}=\sqrt{(j+m+1)(j-m)}$$

$$\langle j, m -1|J_-|j,m\rangle =\sqrt{(p-1)q}=\sqrt{(j-m+1)(j+m)}$$

$$\langle j',m'|J_3|j,m\rangle =m\delta_{jj'}\delta_{mm'}$$

などとなることが示されます。これが$SU(2)$の行列要素です(終)

Lie代数と物理

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今回は、Lie代数という群(Group)の代数と物理学の関係性についてみていきます。素粒子論などに興味のある方は是非読んで欲しい話です。

「群」について復習したい場合はこちらの記事をどうぞ。

fartherphysics.hatenablog.com

回転を表す行列

まず初めにあるベクトルの回転を考えてみましょう。線形代数を習った方はお分かりかと思いますが、あるベクトル$\bf v$を他のベクトル$\bf v'$に移す操作は行列を用いて

$${\bf v'}=A{\bf v}$$

と書くことができます。ベクトル$\bf v\,,\bf v'$が$n$次のベクトルなら、行列$A$は$n$次の正方行列になりますね。

さて、回転とはどのような変換でしょう。それは「2ベクトルの内積を不変に保つ変換」です。この条件を数式で書いてみます。

2つの複素ベクトル$\bf v,\bf w$を行列$A$で表される変換で$\bf v'\,,\bf w'$にそれぞれ移します。すると

$${\bf v'}=A{\bf v}$$

$${\bf w'}=A{\bf w}$$

とかけるでしょう。ここで$A$が回転を表しているのなら、ベクトル$\bf v\,,\bf w$の内積と$\bf v'\,,\bf w'$の内積は変わらないはずです。すなわち

$$({\bf v'},{\bf w'})={\bf v'}^\dagger{\bf w'}=\left({\bf v}^\dagger A^\dagger\right)\left( A{\bf w}\right)={\bf v}^\dagger {\bf w}$$

となります。このことから、$A^\dagger A={\bf 1}$であれば良いことがわかりました。つまり、行列$A$はエルミート行列であれば良いのです。

さて、エルミート行列の性質をもう少し見てみましょう。行列式を見ると、

$$\mathrm{det}(A^\dagger A)=|\mathrm{det}A|^2=\mathrm{det}{\bf 1}=1$$

となります。すなわち、$\mathrm{det}A$は実数$\theta$に対して

$$\mathrm{det}A=e^{i\theta}$$

とかけるのです。このような行列$A$は群を成します。これをユニタリー群といい、$n$次元のユニタリー群を$U(n)$と書きます。

 

$SU(n)$

それではn次元の回転に対応するユニタリー群$U(n)$について考えていきます。

行列$A$が$A\in U(n)$であるとは、$A$がn次の正方行列で、その行列式について

$$\mathrm{det}A=e^{i\theta}$$

が成り立っていれることを意味します。ここで、この条件に更に制約を課して

$$\mathrm{det}A=1$$

としましょう。このような行列$A$の集合を「特殊ユニタリー群(Special Unitary)」といい、$SU(n)$と書きます。

では$SU(n)$はどのような行列の群なのでしょう?答えは、「回転を表す行列の群」です。おや?と思ったかたもいるのではないでしょうか。そうです。一番最初に回転を表す行列の群を考えた時に出てきたのがユニタリー群だったはずです。

実は、ユニタリー行列は「ベクトルの内積を不変にする変換の行列」だったのです。なので、回転のほかに鏡映(反転)などの変換も含んでいます。回転だけが属する群が特殊ユニタリー群なのです。

$$U(n)\to \left\{\begin{array}{l}\mathrm{det}A\neq 1…鏡映など\\ \mathrm{det}A=1…回転:SU(n)\end{array}\right.$$

 

$SU(2)$

$SU(2)$は電子のスピンに関する様々な洞察を与えてくれます。角運動量演算子にも現れてくる代数です。また、$SU(2)$の基本的な行列はパウリ行列と呼ばれる行列です。量子力学のSchrödinger-Pauli方程式、Dirac方程式などでも登場する行列です。

$$σ_1=\left( \begin{matrix}1 & 0\\0 & 1\end{matrix}\right)$$

$$σ_2=\left( \begin{array}{cc}0 & -i\\i & 0\end{array}\right)$$

$$σ_3=\left( \begin{array}{cc}1 & 0\\0 & -1\end{array}\right)$$

 

 

$SU(3)$

$SU(3)$はクオークやその複合粒子であるバリオンなどの分類、摂動論への応用に用いられます。

f:id:Pharphys:20200920143417j:plain

中間子のSU(3)による分類

これらはLie代数の物理への応用のほんの一部です。ほかにもカラー自由度やスピノルへの応用などがあります(終)。

量子力学の「良い基底」

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量子力学では波動関数\(\psi\)を\(n,l,m\)でラベルして\(\psi_{nlm}\)と書いたり、bra-ket記法を用いて\(|n,l,m\rangle\)と書いたりします。bra-ket記法では波動関数をベクトルとして、演算子を行列として扱います。では、そのベクトルの基底はどのように選ぶのが良いのでしょうか?

 線形代数学的に考えてみる 

時間に依存しないSchrödinger方程式は次のようにかけるのでした。

$$\hat{H}\psi =E\psi$$

\(\hat{H}\)はハミルトニアンで、\(E\)は固有エネルギーです。これをbra-ket記法で書くと次のようになります。

$$\hat{H}|\psi\rangle = E|\psi\rangle$$

\(\psi\) が\(|\psi\rangle \)に変わっただけですね。では、これを線形代数学の眼で見てみましょう。

\(\hat{H}\)は行列で、\(|\psi\rangle\)はベクトル、\(E\)はスカラーですので、Schrödinger方程式は固有値方程式であることがわかります。固有値方程式については最後に載せておきますね。

Schrödinger方程式に限らず物理量に関する固有値方程式を扱う時、考える行列が対角化されていると議論が簡単になります。行列は固有値を対角成分に並べたもの、状態ベクトル固有ベクトルを縦に並べたものに過ぎないからです。

逆にいうと、考えたい演算子に対応する行列を対角化するようなベクトルが「良いベクトル」になるのです。

例1)1次元調和振動子

一次元調和振動子のポテンシャルは

$$V(x)=\frac{1}{2}m\omega^2x^2$$

ですので、ハミルトニアンは次のようになります。

$$H=\frac{1}{2m}\vec{p}^2+\frac{1}{2}m\omega^2x^2$$

1次元調和振動子のSchrödinger方程式を解いたことのある人はすでにご存知でしょうが、固有値

$$E=\left(n+\frac{1}{2}\right)\hbar\omega\ ,n=0,1,2,...$$

です。また固有状態とエネルギーは一対一の関係があります(縮退がない)から、状態は\(n\)でラベルするのが良いでしょう。波動関数\(\psi\)を\(\psi_n\)とかく理由です。

では、\(\psi_n\)を状態ベクトルの基底とする時ハミルトニアンは本当に対角化されているでしょうか?

\(m\)でラベルされる状態\(|m\rangle\)とエネルギー\(E_m\)について固有値方程式を書くと

$$H|m\rangle=E_m|m\rangle$$

です。これを\(m=0\sim n\)について縦に並べてみましょう。

$$H=\left(\begin{matrix}E_1 & 0 & 0 & \cdots & 0\\ 0 & E_2 & 0 & \cdots & 0\\ 0 & 0 & E_3 & \cdots & 0\\ \vdots & \vdots & \vdots & \ddots & \cdots \\ 0 & 0 & 0 & \cdots & E_n \end{matrix}\right)$$

このことから\(n\)でラベルされる基底は良い基底になっていますね。

 

例2) 水素の電子の\(\vec{p}^4\)

このようなことは普通考えないでしょうが、今回は一例として水素原子核の周りを回っている電子の\(\vec{p}^4\)の期待値について考えます。この例はマサチューセッツ工科大学で2018年に開講された"Quantum Physics III"の講義で出てきた話題です。

答えを先に言うと、波動関数を\(n,l,m\)でラベルするのが良い基底となります(\(n\):主量子数 \(l\):軌道角運動量量子数 \(m\):磁気量子数)。

例1では演算子ハミルトニアン)が対角化されているか?という視点で良い基底かどうかを考えたのですが、今回は「演算子(\(\vec{p}^4\))とラベルに対応する物理量の演算子(\(\vec{L}^2\,,\hat{L_z}\))が同時対角化可能か」ということを考えます。

演算子が同時対角化可能である条件とは、演算子が可換であるということでした。なので今回の例では

$$[\vec{p}^4,\vec{L}^2]=0$$

$$[\vec{p}^4,L_z]=0$$

が成り立っていれば良いということです。

これは成り立っていますよね?成り立っています。角運動量演算子の定義を思い出せばすぐにわかるので説明は割愛させてください。

 

このことから分かるのは、演算子\(X\)を考えるときは\(X\)に可換な演算子\(A\)

$$[X,A]=0$$

固有値\(a\)でラベルされる固有状態を考えると良い、ということです。ラベルは1つとは限りませんが、このようなラベルを選ぶことで演算子\(X\)を対角化させて考えることができます。(終 以降は固有値方程式の復習です)

 

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角運動量演算子と固有状態

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量子力学において3次元系の問題を扱う時、角運動量演算子は避けて通れない存在です。二体問題を扱う際にも出てくる存在ですね。

今回はその角運動量演算子固有値・固有状態を求めていきます。

角運動量演算子の交換関係

さてここで、角運動量演算子を次のように定義しましょう。

$$\begin{align}{\bf {\hat{J}}}&=\left(\hat{J_x},\hat{J_y},\hat{J_z}\right)\\ [\hat{J_i},\hat{J_j}]&=i\hbar\epsilon_{ijk}\hat{J_k}\\ \hat{J_i}^{\dagger} &=\hat{J_i} \end{align}$$

さてこここで\({\bf \hat{J}}^2=\hat{J_x}^2+\hat{J_y}^2+\hat{J_z}^2\)という演算子を考えてみましょう。カシミア演算子とも言います。角運動量演算子の各成分との交換関係は次のようになります。

$$\begin{align}[{\bf{\hat{J}}^2},\hat{J_l}]&=[\hat{J_i}^2,\hat{J_l}]\\ &=\hat{J_i}[\hat{J_i},\hat{J_l}]+[\hat{J_i},\hat{J_l}]\hat{J_i}\\ &=\hat{J_i}i\hbar\epsilon_{il}{}_{m}\hat{J_m}+i\hbar\epsilon_{il}{}_{m}\hat{J_m}\hat{J_i}\\ &=i\hbar (\epsilon_{il}{}_{m}\hat{J_i}\hat{J_m}+\epsilon_{mli}\hat{J_i}\hat{J_m})=0\end{align}$$

これは\(\hat{{\bf J}}^2\)と\(\hat{J_i}\)が同時対角化可能であること、つまりこれらの同時固有状態が存在することを意味しています。

昇降演算子

角運動量演算子固有値を求める前に、昇降演算子を定義します。

$$\hat{J}_{\pm}\equiv \hat{J_x}\pm i\hat{J_y}$$

昇降演算子を定義したことによって、基底\(\hat{J_x},\hat{J_y},\hat{J_z}\)が新たな基底\(J_z,J_{\pm}\)に移ったと考えてもいいでしょう。

昇降演算子と他の演算子との関係は次のようになっています。

$$\begin{align}[\hat{\bf{J}}^2,\hat{J_{\pm}}] &=[\hat{\bf{J}}^2,\hat{J_x}]\pm i[\hat{\bf{J}}^2,\hat{J_y}]=0\\ [\hat{J_z},\hat{J_\pm}] & =[\hat{J_z},\hat{J_x}]\pm i[\hat{J_z},\hat{J_y}]=\pm\hbar \hat{J_\pm}\\ \hat{J_+}\hat{J_-}&=\hat{\bf{J}}^2-\hat{J_z}^2+\hbar\hat{J_z}\\ \hat{J_-}\hat{J_+} & =\hat{\bf{J}}^2-\hat{J_z}^2-\hbar\hat{J_z} \end{align}$$

固有状態を求める

準備が整ったので角運動量演算子固有値を求めていきましょう。\(\hat{{\bf J}}^2\)と\(\hat{J_i}\)が同時対角化可能だったので\(\hat{\bf{J}}^2\)に対応する固有値を\(a\)、\(\hat{J_z}\)に対応する固有値を\(b\)として議論していきます。

この設定を固有値方程式で書いてみます。

$$\hat{\bf{J}}^2|a,b\rangle =a|a,b\rangle$$

$$\hat{J_z}|a,b\rangle =b|a,b\rangle$$

固有状態は固有値をラベルに用いて\(|a,b\rangle\)と書きました。ただし規格化されているものとします。

さて固有値\(a,b\)を求めるのですが、これらには制約がかかっていることをみておきましょう。というのも、古典論における角運動量を考えると

$$\hat{\bf{J}}^2\geq \hat{J_z}^2$$

なので、対応する固有値にも\(a\geq b^2\)の関係があると思われます。実際に計算するとそれがわかります。

$$\begin{align}a-b^2 & \langle a,b|\hat{\bf{J}}^2-\hat{J_z}^2|a,b\rangle\\ &=\langle a,b|\hat{J_x}^2|a,b\rangle+\langle a,b|\hat{J_y}^2|a,b\rangle\geq 0\\ & \therefore a\geq b^2\end{align}$$

ここで先ほど定義した昇降演算子がどのような働きをするのかみてみます。そのまま固有状態に作用させるのではなくて\(\hat{{\bf J}}^2,\hat{J_z}\)と一緒に作用させてみます。

まずは\(\hat{\bf{J}}^2\)。

$$\hat{\bf{J}}^2\hat{J_\pm}|a,b\rangle=\hat{J_\pm}\hat{\bf{J}}^2|a,b\rangle =a\hat{J_\pm}|a,b\rangle$$

\(\hat{J_\pm}|a,b\rangle\)は\(\hat{\bf J}^2\)の固有状態で、固有値は\(a\)であることがわかりました。

次に\(\hat{J_z}\)。

$$\begin{align}\hat{J_z}\hat{J_\pm}|a,b\rangle & =(\hat{J_\pm}\hat{J_z}\pm\hbar\hat{J_\pm})|a,b\rangle\\ &=(b\pm\hbar)|a,b\rangle\end{align}$$

\(\hat{J_\pm}|a,b\rangle\)は\(\hat{J_z}\)の固有状態で、固有値は\(b\pm\hbar\)でした。

このことから、\(\hat{J_\pm}|a,b\rangle\)は

$$\hat{J_\pm}|a,b\rangle=C_{ab}|a,b\pm\hbar\rangle$$

とかけることがわかりました。\(\hat{\bf{J}}^2\)や\(\hat{J_z}\)を作用させると上でみた式を満たすことを確認してください。

つまり\(\hat{J_\pm}\)を状態\(|a,b\rangle\)に作用させることで、\(\hat{J_z}\)の固有値を\(\hbar\)ずつ上げ下げできることが言えます。これが\(\hat{J_\pm}\)に昇降演算子という名前がついている理由です。

さて昇降演算子によって\(\hat{J_z}\)の固有値の上げ下げができたのですが、既にみた固有値の制約\(a\geq b^2\)から\(b\)には上限と下限が存在することがわかります。このことについて考えてみましょう。

\(\hat{J_+}\)を作用させ続けると、「これ以上\(b\)を増やせない!」という状態に行き着きます。これはどのような場合かというと、

$$\hat{J_+}|a,b_\mathrm{max}\rangle=0$$

という場合です。\(\hat{J_+}\)を作用させて0になってしまうので、これ以上\(b\)は増やせないですね。このとき\(\hat{\bf{J}}^2\)を作用させると、

$$\begin{align}\hat{\bf{J}}^2|a,b_\mathrm{max}\rangle & =\hat{J_z}(\hat{J_z}+\hbar)|a,b_\mathrm{max}\rangle\\ & =b_\mathrm{max}(b_\mathrm{max}+\hbar)|a,b_\mathrm{max}\rangle\end{align}$$

となり、\(a\)と\(b_\mathrm{max}\)との関係は

$$a=b_\mathrm{max}^2+\hbar b_\mathrm{max}$$

となります。\(a\geq b^2\geq 0\)だったので\(b_\mathrm{max}\geq 0\)ですね。

同様にして「これ以上\(b\)を減らせない!」という状態を考えると

$$\hat{J_-}|a,b_\mathrm{min}\rangle=0$$

$$\begin{align}\hat{\bf{J}}^2|a,b_\mathrm{min}\rangle & =\hat{J_z}(\hat{J_z}-\hbar)|a,b_\mathrm{min}\\ &=b_\mathrm{min}(b_\mathrm{min}-\hbar)|a,b_\mathrm{min}\rangle\\ a &=b_\mathrm{min}^2-\hbar b_\mathrm{min}\,,b_\mathrm{min}\leq 0 \end{align}$$

です。さて、得られた二式の差をとってみましょう。

$$\begin{align}a-a & =(b_\mathrm{max}^2+b_\mathrm{max})-(b_\mathrm{min}^2-\hbar b_\mathrm{min})\\ & =(b_\mathrm{max}+b_\mathrm{min})(b_\mathrm{max}-b_\mathrm{min}+\hbar)=0\end{align}$$

$$\therefore b_\mathrm{max}+b_\mathrm{min}=0\ (\because b_\mathrm{max}-b_\mathrm{min}+\hbar> 0)$$

となりました。 

このことから\(b_\mathrm{max}=j\hbar\,,b_\mathrm{min}=-j\hbar\,,j\geq 0\)とかけるので、固有値

$$a=j(j+1)\hbar^2$$

$$b=-j\hbar\,,-j\hbar+\hbar\,,...,j\hbar-\hbar\,,j\hbar$$

となります。\(b\)の個数が\(2j+1\)個なので、\(2j=0,1,2,...\)です。

\(b\)の見栄えが少し悪いので\(b=m\hbar\)と書き直しましょう。すると

$$\begin{align}\hat{\bf{J}}^2|j,m\rangle & =j(j+1)\hbar^2|j,m\rangle\\ \hat{J_z}|j,m\rangle & =m\hbar|j,m\rangle\\ j & =0,1/2,2,...\\ m& =-j,-j+1,...,j-1,j(2j+1個)\end{align}$$

となります。これが角運動量演算子に対する固有値です。(終)

 

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